2008年02月21日

めぞんpicopicoものがたり:プロローグ

ちちゅ、ちちゅん。
朝もやの中、小鳥たちが追い立てあいながら地面をついばんでいる。

やっと朝日が昇ったばかりの時間帯。
学生やサラリーマンは残りわずかとなったまどろみの時を惜しみ、夜の街に生きる者たちはこれから眠りにつく。
昼と夜の社会が交代を迎える早朝のひとときは、もしかすると街が最も静かになる時間と言えるかもしれない。

その静寂の中、アスファルトをこする箒の音が住宅街に小さく響いていた。
まだ幼さを残すひとりの少女が、小さな賃貸マンションの前で箒がけをしているのだ。

少女の年齢は12、3歳ほどにしか見えないが、箒をかけるその動きはきびきびとして手馴れている。
また、装いも白い割烹着に三角巾、紐で一本に縛り上げた長い髪、と年頃に似合わず古風にまとめていた。

少女は賃貸マンションの前をひととおりきれいにすると、ついでとばかりに近所の住宅の前も掃き始める。

と、さっきまで少女が清掃していた賃貸マンショの前へ、牛乳配達員らしい青年が自転車でやってきた。無地のTシャツにジーンズというシンプルな格好で、首には汗拭き用のタオルをかけている。

「えーと……」

そのつぶやきを耳にした少女が顔をあげると、青年は自転車にまたがったまま、メモを片手にきょろきょろとあたりを見回している。
どうやら、まだ担当地域に慣れていない新人配達員らしい。

「……あのー、どちらをお訪ねですか?」

大家さん全身

少女は清掃を中断し、手にしたメモを見つめている青年に話しかけた。
その話し方は年相応に舌足らずなところがあるものの、言葉遣いはどこか大人びている。

「えっ……? あっ、ああ、あのね」

突然話しかけられた青年は一瞬驚いた顔を見せたが、相手が子供だとわかってすぐに安堵の声を漏らす。

「あのね、このあたりで、ピコ? とかいうアパートを探しているんだけど……知ってる?」

「ああ、新しい配達の方ですね。それ、うちじゃないですか? めぞんピコピコって言うんですよ」

少女は先ほどまで自分が清掃していた場所に立ち、その建物……めぞんpicopicoを指差した。

彼女が指し示した建物は厳密には賃貸マンションに分類されるものだが、一般的に「マンション」という単語から思い浮かべられるような立派な外観ではない。
むしろアパートという青年の表現のほうが実像に近いと言えるだろう。

「えっ、ホント? そりゃよかった。で、ここの大家さんに牛乳を預けるようにって言われたんだけど……お譲ちゃん、ここに住んでるの? 大家さんの部屋、知ってる?」

めぞんpicopicoを「うち」と言った少女に対し、青年は質問を重ねた。

「あっ、はい、そうなんです。ここは朝の遅い方が多くお住まいなので、お預かりいしてるんです」

少女はそう言うと、にこにこと両手を青年に差し出した。

「え?」

牛乳を受け取ろうとする少女を見て、青年は間抜けな声を出した。

「たしか、いつも3本ずつお預かりしていますよね? 笠間さん、相馬さん、五知さんの分」

「……あっ、お嬢ちゃんちも牛乳取ってるのかな? でも、ほら、他の人の分も預けるから、大家さんじゃないと……」

子供をあやすような青年の態度だったが、少女は意に介さずにごそごそと割烹着のポケットをまさぐった。

「はい。ですから、わたしがお預かりします。ハンコいりますよね?」

「えっ、よく知ってるね。うん、ハンコもらってこいとは言われてるけど……だから、大家さんじゃないとさ」

青年はそう言うと、カバンからメモのようなものを取り出した。

「困ったな……表札見ればわかるかな」

少女が当てにならないと見て、自分で大家の部屋を探すつもりのようだ

「あっ、それです。いつもそのメモにハンコ押しているんですよ」

少女は新人配達員を諭すようにそう言うと、まだ青年の手にあるメモへ印鑑を押した。

「あーっ! だめだよ、おもちゃじゃないんだから、勝手にハンコなんか押しちゃ! 怒られちゃうよ!」

子供に勝手に印鑑を押され、青年は慌てた様子を見せる。

「でも、わたし、大家ですから。ほら」

「……?」

少女が青年の眼前にメモを押し上げると、そこには本日の日付とともに「大家」という印鑑が押されていた。

「えーと……どういうこと、お嬢ちゃん?」

「ですから、わたし、大家です」

「……え?」

「あ、ご挨拶が遅れてましたね。わたし、めぞんpicopicoの大家で、大家真亜子といいます。よろしくお願いします」

「大家……大家?」

驚いた青年が手元のメモを見直すと、確かに昨日までの欄にも同じ「大家」という印鑑が押されていた。

「大家って……子供が?」

「さて、じゃあ、3本お預かりしますね。どうもお疲れさまでしたー!」

しばし呆然とする青年を尻目に、大家を務めるという少女はてきぱきと牛乳瓶を自室へ運んでいった。


――近隣の駅から徒歩15分の場所に建つ「めぞんpicopico」。決して便利な立地とは言えないものの、なんの変哲もない平凡な賃貸マンションだ。
ただひとつ変わっていることがあるとすれば、そこではなぜか弱冠13歳の少女が大家を務めていること。

この物語は彼女、大家真亜子と、そこに住むゲームを卒業できない大人たちのぐだぐだな日常をつづったものである……ちゃんと更新されれば。


posted by 笠間 at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | めぞんpicopicoものがたり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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